5.素直

白い静かな朝、窓を開けると、世界はきらきらと輝いていた。地面や木々に積もった雪に注ぐ朝の光が反射して、飛び交っている。
昨日までの嵐が、今朝はぴたりと止んだ。圧し掛かるような黒の空や、脅すような音を立てながら激しく吹き荒れていた風、がたがた揺れる窓、それらが夢の中での出来事だったのではないかと思えるほど、平和な時間が流れている。
外に駆け出して、この光に包み込まれたい。あの白い雪を掘り返し、朝の輝きと戯れたい。雷はそんな衝動に駆られたが、それは私らしくない、と思いなおす。
雷様はいつでも完璧だもの。そんな子供っぽいことなんてできるはずがない。
その考えに至った自分が誇らしい。一年前の自分なら、内からあふれ出るようなその力に押されていただろうから。雷様は、去年よりもいっそう完璧な雷様だ。
「雷、何を笑っておるのか」
声が聞こえて目線を移すと、デルタが部屋に入ってくるところだった。その手にあるのは銀の盆。パステル系色に統一された食器に入っているのは、グリーンサラダと、湯気を立てるミルクと、ロールパンが、二人分。
「あらん、デルタ、雷様の分も持ってきてくれたのねん?」
窓辺の揺り椅子に腰掛けたまま、パンに手を伸ばすと、盆ごと引っ込められる。むっとしてデルタを見ると、片眉を上げてなにか言いたげな表情である。
何なの?

「…わらわの質問を無視するなら、朝食はやらぬ」
 質問ってなんだったろう、と思って、先ほどの言葉を思い出す。そう、笑っている理由を聞かれたんだっけ。挨拶のように心地よく降った問いかけを、質問だと思っていなかった。
木の窓枠から外を透かすように眺め、聞こえるか聞こえないかのトーンで呟く。
「朝の光が綺麗だな、と思ってたのよん」
「…珍しいこともあるものじゃ、雷が自分以外を褒めるなど」
 ぎっ、と木の軋む音が聞こえ、振り返ると、デルタがこちらを覗きこんでにやにやと笑っている。何だか少し恥ずかしい。
「別に、雷様の方がもちろん美しいけれど!」
「知っておる」
 間髪を入れない応酬をされて、頭に血が上っていく。怒っているわけではない、なんだろうこの気持ちは。上手く言い表す言葉を知らない。多分、今、顔が赤いだろう。デルタは雷の反応をにやにやとしながら見守っている。

 空気を紛らわすように、盆の上から乱暴にミルクをひったくると、ぐいっと飲もうとして…
「あちっ!」
 熱かった。想像以上に熱かった。膜が張っていたので気がつかず、飲み込んで初めて、熱いと気付いた。
「そなた、何をやっておる?」
「ひ、したがひりひりするぅ…」
「やけどをしたのかえ?仕方ないのう、待っておれよ、水を持ってくる」
 呆れたような顔をしたあと、デルタは部屋を出て行った。
姿が見えなくなる直前に、その口元は緩んで笑いを漏らしていた。ミルクを飲んだのが照れ隠しだとバレている、多分。

悔しい、笑われた。舌のヒリヒリと同時に、なにかもやもやふわふわしたものが募ってくる。恥ずかしさ、というよりも、もどかしさ、の方が合っているのだろうか。よく分からないけれど、自分だけがじたばたしているような気がする。でも腹が立っているというわけではない。
 デルタと話しているといつもこういう気分になる。肩透かしを食らって、照れくさいような、あったかいような、よく分からない気持ちになる。
完璧で居たいのに、邪魔をされている。もどかしい理由はきっとそれだ。他に思いつかないので、無理やりそう結論付ける。

「飲め、水じゃ」
 傷みかけの木の床がぎしりと鳴って、顔を上げればデルタの顔が目に映る。
 差し出されたコップを包み込むように受け取って、ちびりちびりと飲む。痛む舌にひんやりした水が広がって、心を落ち着かせてくれる。
「ありがと」
 そう言うと、デルタは少し目を見開いた。長い睫に装飾されたようなその目にじっと見つめられて、雷は少し戸惑う。
「何よん?雷様の顔に何か付いてるのん?」
「いや、そのようなことはない」
 言いながら、デルタは隣に腰をかけた。
 デルタの横顔が長い髪の間から伺える。目を閉じて、口元は微笑みの形を作っている。
 その笑顔に、今度は何故かほっとして、少し温くなったホットミルクを飲み干した。





(C)芝


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