白い静かな朝、窓を開けると、世界はきらきらと輝いていた。地面や木々に積もった雪に注ぐ朝の光が反射して、飛び交っている。 昨日までの嵐が、今朝はぴたりと止んだ。圧し掛かるような黒の空や、脅すような音を立てながら激しく吹き荒れていた風、がたがた揺れる窓、それらが夢の中での出来事だったのではないかと思えるほど、平和な時間が流れている。 外に駆け出して、この光に包み込まれたい。あの白い雪を掘り返し、朝の輝きと戯れたい。雷はそんな衝動に駆られたが、それは私らしくない、と思いなおす。 雷様はいつでも完璧だもの。そんな子供っぽいことなんてできるはずがない。 その考えに至った自分が誇らしい。一年前の自分なら、内からあふれ出るようなその力に押されていただろうから。雷様は、去年よりもいっそう完璧な雷様だ。 「雷、何を笑っておるのか」 声が聞こえて目線を移すと、デルタが部屋に入ってくるところだった。その手にあるのは銀の盆。パステル系色に統一された食器に入っているのは、グリーンサラダと、湯気を立てるミルクと、ロールパンが、二人分。 「あらん、デルタ、雷様の分も持ってきてくれたのねん?」 窓辺の揺り椅子に腰掛けたまま、パンに手を伸ばすと、盆ごと引っ込められる。むっとしてデルタを見ると、片眉を上げてなにか言いたげな表情である。 何なの? 「…わらわの質問を無視するなら、朝食はやらぬ」 質問ってなんだったろう、と思って、先ほどの言葉を思い出す。そう、笑っている理由を聞かれたんだっけ。挨拶のように心地よく降った問いかけを、質問だと思っていなかった。 木の窓枠から外を透かすように眺め、聞こえるか聞こえないかのトーンで呟く。 「朝の光が綺麗だな、と思ってたのよん」 「…珍しいこともあるものじゃ、雷が自分以外を褒めるなど」 ぎっ、と木の軋む音が聞こえ、振り返ると、デルタがこちらを覗きこんでにやにやと笑っている。何だか少し恥ずかしい。 「別に、雷様の方がもちろん美しいけれど!」 「知っておる」 間髪を入れない応酬をされて、頭に血が上っていく。怒っているわけではない、なんだろうこの気持ちは。上手く言い表す言葉を知らない。多分、今、顔が赤いだろう。デルタは雷の反応をにやにやとしながら見守っている。 空気を紛らわすように、盆の上から乱暴にミルクをひったくると、ぐいっと飲もうとして… 「あちっ!」 熱かった。想像以上に熱かった。膜が張っていたので気がつかず、飲み込んで初めて、熱いと気付いた。 「そなた、何をやっておる?」 「ひ、したがひりひりするぅ…」 「やけどをしたのかえ?仕方ないのう、待っておれよ、水を持ってくる」 呆れたような顔をしたあと、デルタは部屋を出て行った。姿が見えなくなる直前に、その口元は緩んで笑いを漏らしていた。ミルクを飲んだのが照れ隠しだとバレている、多分。 悔しい、笑われた。舌のヒリヒリと同時に、なにかもやもやふわふわしたものが募ってくる。恥ずかしさ、というよりも、もどかしさ、の方が合っているのだろうか。よく分からないけれど、自分だけがじたばたしているような気がする。でも腹が立っているというわけではない。 デルタと話しているといつもこういう気分になる。肩透かしを食らって、照れくさいような、あったかいような、よく分からない気持ちになる。 完璧で居たいのに、邪魔をされている。もどかしい理由はきっとそれだ。他に思いつかないので、無理やりそう結論付ける。 「飲め、水じゃ」 傷みかけの木の床がぎしりと鳴って、顔を上げればデルタの顔が目に映る。 差し出されたコップを包み込むように受け取って、ちびりちびりと飲む。痛む舌にひんやりした水が広がって、心を落ち着かせてくれる。 「ありがと」 そう言うと、デルタは少し目を見開いた。長い睫に装飾されたようなその目にじっと見つめられて、雷は少し戸惑う。 「何よん?雷様の顔に何か付いてるのん?」 「いや、そのようなことはない」 言いながら、デルタは隣に腰をかけた。 デルタの横顔が長い髪の間から伺える。目を閉じて、口元は微笑みの形を作っている。 その笑顔に、今度は何故かほっとして、少し温くなったホットミルクを飲み干した。 (C)芝 |