4.君の名を呼ぶ


積もる雪の落ちるような心地がして、ふと目を開けて飛んで起きる。辺りは暗く、窓を透かし筋のような青の光が、つと地に落ちていて、外はまだ明け方を迎えていないと悟る。
その暗さに不安が掻き立てられ横になる。横になったはいいが、寝具の中に居るのはなんだか具合が悪い。居所を探すがごとく暫く布団をごそごそと言わせた挙句、再び身を起こして瞬きをする。

目が冴えてしまった。
布団から出た肩が、服を越した冷気に包まれる。起き抜けには少し肌寒い気温だ。部屋の角にある花瓶をじっと見つめると、青く光を放つそれは、所在なさげに闇に浮かんでいるように見えた。

もちろん部屋に他に人は居ない。きん、とした静寂が耳に痛い。
なんだか突然知らない世界へ放り出されたような気がして、寝巻きの上、ガウンを羽織り廊下へと赴く。息が白い。体を刺す様にひりひりとした寒さが襲ってくる。こんな凍れる暗い空の下へ向かうなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。しかし、そんな考えとは裏腹に、足取りはだんだんと速くなるばかりだ。

昼に見た水仙のことが、何故か気になっていた。たった一輪だけの水仙は、まるで、咲く場所を間違えたかのように、雪の中に佇んでいたように思う。昼間は気にも留めなかったのに、何故こんなに気になるのだろう。
外に出ると、頭上には星空が迫ってくるかのように広がっていた。空気はすっかり冷たく、体は氷に挟まれるかのようだ。肌が、全身が、痛い。

果たして水仙は、やはり、ぽつねんと佇んでいた。昼間より少し積もった雪が、水仙の根元を隠してしまっている。それを優しく掘り起こしてやると、一層それがその場所に似つかわしくないような気がした。何故か寂しい。
感覚のない手に息を吹きかけるが、一向に温まる様子はなかった。
水仙はあくまで寂しくそこにあり、天空には星が瞬く。
星と、雪と、水仙。それ以外存在しない宇宙に放り込まれたかのようで、頭が混乱する。
寒さのせいか、眦が濡れている気がした。

「風邪を引くぞ、ラック」
ふと上から声がかかる。見上げると、顔があった。ラックというのは自分の名だ、という当たり前のことに思い当たる。
「レイ、」
名前を確かめるかのように呼ぶと、見慣れた顔が困ったように歪められる。
「何故、こんな寒い格好で外に出たんだ?体が冷えるだろう」
言いながら目を落とし、さらに顔をゆがめる。不思議に思って目線を追うと、感覚が戻らない真っ赤な手があった。
「雪に触ったのか、凍傷になっても知らないからな」
そう言ったレイの手が、凍った手の上に重なる。痛いぐらいにあたたかい。
きっとレイは冷たいだろうに、そのまま握り締めてくれる。
「部屋に戻るぞ」
「うん、行こうか、レイ」
少しずつ、ぬくもりが戻り始めている手で、レイの手を握り返した。




(C)芝


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